知らないあなた
      
一方、その頃のやつがれ氏は?
 


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彼の人が巧妙に構えた段取り、
並行時空への移動なんていう理不尽な異能により、
いきなり飛び込む格好となった女性の多い環境下にて。
とりあえず逃げ出そうと しゃにむだったはずが
咄嗟とはいえ抵抗の手が止まったのを差して、
女性の非力さを庇おうという、フェミニストなところがあって助かったなぞと、
本人は否定するも聞き入れず、
世の習いを遵守したのは良きかなと口にした こちらの師様であり。
自分が女性だからかな?と胸の内にて小首を傾げた芥川、
その視線がこちらへ向いたのでそれへ向かって、

 「…ちなみに、貴女ならこちらの 僕へどう指導するのだ?」
 「決まっているじゃない。」

訊くの?それ、と。
肩をすくめた包帯の美嬢様は そのままくすすといかにも楽し気に笑って見せて、

 「そういう人は大事にして出来るだけ無事でいてもらって。
  信頼度を高めておいた上で
  ギリまで付け込んで あっさり見切れって仕込むに決まっているじゃあない。」
 「成程。」
 「…太宰さん、男の子にそれ言っちゃっちゃあ。」

結構サイテーなこと平然と言ってのける先輩へ、
同坐していた敦ちゃんがやや呆れたものの。
もしかしたら この“男の子の”芥川には
そういう稚拙な策略に引っ掛かってもらいたくなかったからかなぁなんて、
随分と後日に思い出したりもしたのだが。
屈託のない虎の子ちゃんへそんな風に思わせた当のお姉さまはといやぁ、
ふふーと笑ってから、

 「でもまあ、あの子にそんな腹芸が出来るとも思わないけどネ。」

ちょっぴり甘酸っぱいもの食べたよな、微妙な困り顔で苦笑をしたところで、
前章で触れたフェミニストな対処についてのエピソードはここまでにするとして。

 「で? 見合いとやらを妨害したくて。こんな手を打ったってか?」

敦ちゃんから とりあえず来てくださいと呼ばれていたらしい中也嬢も、
そんな事情への対策班としての招聘だとまでは聞かされていなかったらしく。
側近ではないけれど、そこへ来よと告げられている彼女でも知らなんだこと、
一体どこから漏れ聞いた情報なのやらと、まずは訝し気に眉を寄せ。
だがだが、頭の冴えは悪魔級のこの女が言うのならそうなのだろうと、
そういう運びだとしても否めぬと感じてもいるようで。
とはいえ、

 「……。」

何とも複雑な内心を思わせるしかめっ面。
こんな顔も出来たんだなお前と、
自分らの知っている龍之介嬢だってこうまで表情豊かじゃあなかったぞと言いたげに。
何とも困ったというよな顔になった黒の青年へ、
抑えきれない苦笑を浮かべつつ、中也嬢が手套を嵌めた手でぽすぽすと頭を撫でてくれ。

 「大方、
  自分は別に首領の縁故でもないし、
  有力な後ろ盾もない身だのに何で?とか思っているんだろうが。」

ポートマフィアの“ファミリー”って枠内にいるからだよと、
そんな簡単なことも判らない幼さへ苦笑したのが中也なら。
そんな忌まわしいこと知らなくたっていいのだよと言いたいか、
マフィアなんて何ほどのものかと ふんぞり返っての見下し姿勢、
腰に拳をあてて ふんとあからさまな鼻息ついたのが太宰であり。

 「そこがまた古だぬきならではな堅き結束の礎か、
  財界じゃあ 今時そんな大時代なというよなことが案外と健在だからな。
  それこそ、首領も呆れただろうが。」

 「面白がってるんだよ、きっと。」

中也の説明を追うように、太宰が ああ忌々しいと、腹立たしげに吐き捨てる。
大きな権勢者同士の、合併とまではいかぬがそれでも提携に近い勢力拡大に、
創業者一族同士などが婚姻を結んで世に示すという方式は実はいまだに執り行われているし、
これが案外、その業界へ限れば ものを言いもするらしい。
海外資本の参入や、政治的な圧力がかかるようなことがあっても、
私たちの意向はこうだと示す形となるのだとかで、

 「だからって まさかに本気でのマフィアとの提携ってのはなかろうが、
  周辺へ向けて 膝下にしているのだぞと暗に知ろ示すってんなら話は別だ。」

そうと噛み砕いて説いてくださった中也の言へ、

 「さようですか。」

並行時空とやらへ招かれたのが自然現象での次第とは、さすがに思いもせなんだのですが、
太宰さんが仕立てた段取りだというのなら、成功したのも道理。
しかもそのような複雑な事情への対抗策の一環、
役に立てるというなら参与しますよと。
やはりやはり見るからに判るよな、恭順のお顔で落ち着き取り戻した青年だったのへ、

 「…そこはもっと怒ったっていいんだぜ?」

こやつの構える何かしらへの加担ってのは、
見ようによっちゃあ首領への反抗だから…ということより何より。
あんた自身の意思というか意向というかをバッサリ無視して
騙し討ちみたいに無謀な異能に掛からせたんだから、
どんな大義や恩讐がらみであれ、何てことするのと憤慨して良い事案だぞと。
こっちの黒狗姫と大差ない“太宰”という存在への忠心もさることながら、
此処までの段取り、ややこしい異能を二段重ねで彼へと仕掛けた話を聞くにつけ、
わあ何て気の毒な奴という感情がまずは沸いた中也だったらしいが、

 「何言ってますか中也さん。
  のすけちゃんだって、
  どこの馬の骨かも判らない ぼんくら坊ちゃんに嫁ぐなんて
  絶対 イヤに決まってます。」

居ないのをいいことに “のすけちゃん呼び”定着らしい敦嬢で
…じゃあなくて。
いや、どこの馬の骨かっていう出自はいっそはっきりしてると思うがなんて、
下手な揚げ足取ることも出来ぬまま。
見ず知らずな相手との勝手な縁結びだなんて言語道断と、
可愛らしい愛し子が、他人の事情だというに
本気でぷんすこ怒っているのが可愛くてしょうがないらしく。
せっかく可愛い口唇をふんぬとひん曲げ、
胸元へ半分虎化した握りこぶしを作るのへ、

 「そうさな。好きな奴がいるのにそれはないわな。」

あっさり相好崩してしまう中也さんなのが、
そういうことへは疎かったはずな芥川にも、判りやすいわ微笑ましいわ。
女性でなくともそうしたろう、
ぎゅむと懐へ抱き込んでの “愛いなぁvv”という睦みようへ。
誰の何へとそんな話になっているのかも判っているものか、
幸せそうで善き哉善き哉と、
本当に本当に微妙なそれながら、ほんのちょっぴり目許和ませる黒獣の主様なのを、

 「…。」

いい傾向だと思っているのか、はたまた、
ややや ここまで緩んでいるのかこの子と思ったものか。
包帯まみれの首元へ細い顎を引き、
長い睫毛を軽く伏せ、
異世界から来た黒の青年を感慨深げに眺めやる麗女様だった。




to be continued.(18.09.26.〜)






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 *短いけど前の章で書き損ねた下りだったので。
  次もすぐ上げられそうなのでちょっとお待ちを。